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鹿児島簡易裁判所 昭和30年(ハ)57号 判決

原告 有川信義

被告 青木ラク

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し鹿児島市塩屋町十二番地のロの換地予定地四十五坪二合六勺(二十六ブロツク。別紙図面<省略>中、(イ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(イ)の各点を結ぶ直線で囲まれた部分。)中約八坪八合(別紙図面中、(イ)、(ロ)(ハ)、(ニ)、(イ)の各点を結ぶ直線で囲まれた部分。)を、その地上の家屋建坪約八坪六合五勺を収去して、明け渡し、昭和二十五年十月より明渡済に至るまで一箇月金百五十円の割合による金員を支払え。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、「原告は、鹿児島市塩屋町十二番地のロ宅地八十八坪六合七勺を所有していたが、特別都市計画法による土地区画整理によつて請求の趣旨記載の土地をその換地予定地として指定を受けた。ところが、被告は、何等の権原がないのに、昭和二十五年九月十五日頃右換地予定地中請求の趣旨記載の約八坪八合の本件土地上に建坪約八坪六合五勺の本件家屋を建築して、所有し、本件土地を不法に占有している。そこで、原告は、被告に対し右本件家屋を収去して右本件土地を明け渡すこと被告の本件土地占有の日以後である昭和二十五年十月から明渡済に至るまで一箇月金百五十円の割合による地料相当の損害金を支払うこととを求めるため、本訴に及んだ。」と述べ、被告の抗弁に対し、「被告抗弁事実中、原告が、被告から昭和二十二年四月から昭和二十五年七月まで賃料を受領し(賃料額も被告主張のとおり。)、被告が昭和二十五年八月より今日まで賃料相当額を供託していること、原告が昭和二十一年十月復員したことは、これを認めるが、その余の事実は、これを否認する。もつとも、原告が、被告主張の鹿児島市塩屋町十二番地のロの宅地中二十坪を昭和二十年訴外吉井勇吉に賃貸したところ、被告が、これにバラツクを建築して住んでいたが、昭和二十二年四月に改築しようとしたので、被告に抗議した結果、原告は、被告に対し右二十坪を都市計画によつて道路となり立ち退かなくてはならなくなるまでの一時使用のものとして賃料一箇月金三十六円で賃貸し、改築を許したことはある。そして、被告が改築した家屋も、現在の家屋も仮設建築である。」と述べた。〈立証省略〉

被告は、主文同旨の判決を求め、答弁として、「原告主張事実中、原告が、鹿児島市塩屋町十二番地のロ宅地八十八坪六合七勺を所有し、その換地予定地として原告主張のとおりの指定を受け、被告が、原告主張のとおりその換地予定地上に家屋を建築して、所有していることは、これを認めるが、その余の事実は、これを否認する。」と述べ、抗弁として、「被告が本件土地を占有しているのは、次の権原によるものである。即ち、被告は、終戦後の昭和二十年中原告の母米倉ヨネから建物所有の目的で鹿児島市塩屋町十二番地のロの宅地中二十坪を賃料一箇月金三十六円で賃借し家屋を建築し、昭和二十一年十月原告が復員してから、原告の承諾もえたものであり、その後、賃料は昭和二十四年五月より一箇月金七十二円となり、賃料も滞りなく米倉ヨネ及び原告復員後は原告に支払つていたが、昭和二十五年八月分より原告がその受領を拒絶したので、今日まで供託している。原告は、右のとおり同市塩屋町十二番地のロの宅地中二十坪について賃借権を有しているので、その換地予定地中二十坪も使用する権利があるものである。そこで原告は、昭和二十五年九月右換地予定地中約八坪八合に前記家屋を移築したものであるから、原告の本訴請求には応じられない。」と述べ、原告の被告の抗弁に対する答弁に対し、「原、被告間の賃貸借には、都市計画によつて立ち退かなくてはならなくなるまでというような約束はなく、一時使用のものではなく、借地法の適用を受けるものであり、移築の前後を通じて、被告所有の家屋は仮設建築ではない。」と述べた。〈立証省略〉

理由

(当時者間に争のない事実)

原告が、鹿児島市塩屋町十二番地のロ宅地八十八坪六合七勺を所有していたが、特別都市計画法による土地区画整理によつて同所四十五坪二合六勺(二十六ブロツク、別紙図面中、(イ)、(ホ)、(ヘ)、(ト)、(イ)の各点を結ぶ直線で囲まれた部分。)をその換地予定地として指定を受けたこと、被告が、昭和二十五年九月十五日頃右換地予定地中約八坪八合(別紙図面中、(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(イ)の各点を結ぶ直線に囲まれた部分。)の本件土地上に約八坪六合五勺の本件家屋を建築して、所有していることは、当事者間に争がない。

(被告の従前の土地に対する賃借権について)

被告は、右のとおり本件土地上に本件家屋を建築して、所有しているのは、終戦後の昭和二十年中原告の母米倉ヨネから建物所有の目的で本件土地の従前の土地である同市塩屋町十二番地のロの宅地中二十坪を賃料一箇月金三十六円で賃借し、家屋を建築して、所有していたが、昭和二十一年十月原告が復員してから、原告の承諾もえたものであるから、その換地予定地である本件土地も使用する権利があると抗弁し、原告は、右被告主張の二十坪を昭和二十年吉井勇吉に賃貸していたところ、被告が、これにバラツクを建築して住んでいたが、昭和二十二年四月改築しようとしたので、被告に抗議した結果、原告は、被告に対し都市計画によつて道路となり立ち退かなくてはならなくなるまでの一時使用のものとして賃料一箇月金三十六円で賃貸したことはあると主張する。そこで、考察すると、成立に争のない乙第一号証、証人米倉ヨネ(第一、二回)(後記措信しない部分を除く。)、吉井勇吉の各証言、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)に弁論の全趣旨を綜合すると、昭和二十年終頃から昭和二十一年始頃被告は、原告の母米倉ヨネから本件土地の従前の土地である同市塩屋町十二番地のロ宅地八十八坪六合七勺中二十坪を建物所有の目的で賃料一箇月金三十六円で賃借し、家屋を建築し、所有していたが、原告が復員してから、原告の黙示の承諾もえたものであることが認められる。証人米倉ヨネ(第一、二回)の各証言、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信しない。そして、証人米倉ヨネ(第一、二回)、山口哲夫の各証言、原告本人尋問の結果によると、昭和二十二年四月頃被告が、右家屋を改築しようとした際、原告が、被告に対し右家屋の敷地は都市計画によつて道路となるから改築しないようにと申し入れたのに、結局被告が改築した事実を認めることができるが、右改築の際、原、被告間で敷地が道路となるまでというような「合意」ができたことを認めるに足る証拠がない。従つて、被告は、同市塩屋町十二番地のロの宅地中二十坪について借地法により現在もなお賃借権を有しているものである。

(被告の換地予定地に対する権利について)

右のように従前の土地の一部に賃借権を有している被告が、その換地予定地に対しどのような権利を有しているか。従前の土地の賃借権者が、特別都市計画法施行令第四十五条、旧耕地整理法第三十三条(特別都市計画法、同法施行令は、昭和三十年四月一日施行の土地区画整理法施行法第一条第一号、同法施行令附則第三条第一号によつて同日限り廃止されたが、土地区画法施行法第六条によれば、特別都市計画法、同法施行令等による処分等は、土地区画整理法中に相当規定がある場合には、同法の規定によつてしたものとみなすことになつているから、以下便宜上土地区画整理法に相当規定があるものについては、土地区画整理法の相当規定を示して、特別都市計画法、同法施行令等によつて説明することゝする。土地区画整理法第八十五条、第九十八条に相当。)により換地予定地について賃借権の目的となるべき部分の指定を受けているときは、問題はない。そこで、先づ、問題は、特別都市計画法施行令第四十五条による届出がなくて、右指定を受けていないときである。この場合に、賃借権者の換地予定地に対する権利を否認する考えがある。しかし、換地予定地指定の効果は、特別都市計画法第十四条(土地区画整理法第九十九条に相当。換地予定地は、仮換地という。)に規定してあるが、それによれば、従前の土地の所有者及び関係者は、換地予定地について従前の土地に存する権利の内容たる使用収益と同じ使用収益をすることができることになつている。これは、従前の土地の賃借権者は、換地予定地を従前の土地同様使用収益することができ、従前の土地の所有権者は、従前の土地の賃借権者が換地予定地を従前の土地同様使用収益することを認めねばならないことをも、その中に意味するものと解する。そして、これは、賃借権の届出がない場合も同様であると解する。即ち、特別都市計画法施行令が、届出のない賃借権者に換地予定地について賃借権の目的となるべき部分を指定しなくてもよいとしたのは、届出のない賃借権者の換地予定地に対する権利を否認したものではなく、土地区画整理事業を円滑に行うため、土地区画整理事業施行者が、届出のない賃借権は存しないものとみなして、処分等をすることができるということにしたまでであつて、賃借権の届出をしなかつたことによつて、賃借権者は、土地区画整理事業施行者に対し賃借権を主張することができないだけのことであつて、地主に対しては右のとおり権利を主張することができるものである。このように解しなくては、地主は、従前の土地は賃借人に使用収益させなくてはならないのに、換地予定地は賃借人に使用収益させずに、自分で使用収益できるという不合理な結果になるからである。

次に、問題は、賃借権が従前の土地の一部であるとき、賃借権者は、換地予定地のどの部分を使用収益することができるかどうかである。この点については、特別都市計画法は、規定を設けず、全く放任しているものである。従つて、届出のない従前の土地の一部の賃借権者の換地予定地に対する権利については、特別都市計画法の規定を参酌して、条理に従つて解決するより外にない。そこで、考えるに、先づ、地主と賃借人との間に合意ができれば、それによるべきものと解するが、若し、合意ができないときは、どうなるか。これについては、(1) 換地予定地について賃借権の目的となるべき部分の指定がなければ、賃借人は、地主が承諾しない限り、地主に対し換地予定地の使用収益を請求することができず、単に、地主に対し債務不履行による損害賠償を請求できるのみであるという議論や(2) 賃借人の地主に対する換地予定地の使用収益請求権を制限種類債権と考え、民法第四百六条以下に準じて、債務者である地主が換地予定地中の賃借権の目的となるべき部分を指定し、相当期間内に地主が指定しないときは、賃借人がこれを指定することができるという議論がある。しかしながら、(1) は、賃借人にとつて損害賠償のみでは、満足できない場合も起り得るので、相当でなく、(2) は、地主が、従前の土地における賃借権の目的部分より著しく不利な部分を換地予定地に指定することも予想されるので、その場合には、民法第六百十一条第一項により賃料の減額請求を認めるとしても、相当でない。そこで、当裁判所は、次のように解するのが相当であると考える。即ち、賃借人は、地主に対し従前の土地と換地予定地の位置、土質、水利、利用状況、環境等を考慮して、相当の部分を使用収益することを請求できるものと解する。(耕地整理法第三十条換地予定地の指定についても準用あるものと考える。土地区画整理法第八十九条第九十八条第二項参照。)結局、金銭による清算をせずに、換地計画がなされた場合と同様になるようにするわけであるが、これが、この問題を解決する最も条理に従つた方法であると考える。

右のような考えで本件をみると、当事者間に争のないように、従前の土地は八十八坪六合七勺で、その中被告の賃借地は二十坪であり、換地予定地は四十五坪二合六勺で、その中被告が現在占有している部分は約八坪八合であること、検証の結果によつて認められる、従前の土地と換地予定地とにおける被告の使用収益部分の状況等を綜合すると現在被告が本件家屋を建築所有して、使用収益している部分は、相当であると、認められる。

(結論)

そこで、原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却することゝし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 矢頭直哉)

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